上京リーマン東京サバイバル日記

社会人3年目 ほぼ自己満

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10連休どうすんねん

ラジオで平成ネット史聴きながらブログ書いてる。平成も残すところ1ヶ月半くらいになった。改元とともに控えている10連休、どう過ごそう。大分へ行ってJリーグのアウェー戦を見ようと思っていたが、やはり交通費、宿泊費ともに高騰していて二の足を踏んでいる。金をあまりかけず近場でのんびりと過ごそうかなどと考えているが、、ほんとうに悩む。職場のSさんは海外旅行に行くらしい。さすが社会人歴が長いだけあって経済的な余裕を感じる。千葉の田舎あたりに宿でもとっていわゆる外こもりするのもアリかもしれんね。

しかし元号が変わっても生活自体は何も変わらんのだけど、ちょっとしたワクワク感はあるわな。新時代の到来だみたいな。世の中にはきな臭い雰囲気が漂っているけれど、何とか弱肉強食の街東京で生き残りたいですね。

3年前に捨てたはずのもの

タイトル通り。大学院を辞めて就職をした3年前に捨てた色々な趣味にまたハマりだしている。

 

 

私はもともと静かに音楽を聞いたり小説を読むことが好きだった。でも学生時代色々あって、自分の思い通りに行かないことが多くて、社会人になったら心機一転真っ白な状態から生活をしようと考えていた。効率やコスパを重視して、自分の人生になくてもいいものは切り捨てようと思い至り、事業仕分け、大げさに言えば自分の中の文化大革命を敢行したのである。無駄な時間である音楽や読書は真っ先に切り捨てられた。その代わりにお笑いのラジオを聞いたり、投資信託を買ったり、家計簿をつけるようになった。人間関係を広げるために飲み会にもたくさん行った。実利優先というわけである。

 中国の文革が失敗をしたように(大げさかw)、この自己改革もどうやら失敗をしたようだ。コスパや実利を追求するとお金や時間が浮くわけだが、その浮いた空白を埋められなくなったのである。どこか落ち着いかないようなそわそわした気分で毎日を過ごしていた。仕事に帰ってきてから、ジムへいく、習い事にいく。飲みにいく。合コンにいく。全ては実利のためだ。けれど、なんだかしっくりこない。虚しい。

最近ふとしたきっかけで、また音楽を聴いたり本を読むようになってようやく気付いた。これだ、これが生活にかけていたのだ。別にひとりぼっちの趣味でもいいじゃないか。音楽鑑賞や読書は心のビタミン補給みたいなものだ。どうやら私はこの3年間ビタミン不足のまま生きてきたらしい。今まで無下にしてきてごめんよ。ナンバーガールも復活するらしいな。今スーパーカー聴いているけれどやっぱり好きだな。くっついたり離れたりするのは人間だけじゃないんだなあ。

結婚とは

今日は飲み会の予定だったのだが、後輩2人が残業で忙しいと突然のドタキャン。もう一人の女の子は大丈夫そうだったのだが、初めて顔を合わせるのに二人で飲むのもなあと思い延期となった。一ヶ月前からの約束だったのだが、予約を取っている人間からすればドタキャンは本当にイラっとくる。仕事が忙しいのはわかるし、リマインドを昨日送った自分にも非があるが、このイライラは幹事をやったことがある人にしかわからないだろう。自分は遅くても1日前に欠席の連絡を入れるようにしたい。

今日は薬を飲んだせいか家に帰って頭がクラクラして少し眠ってしまった。相変わらず布団の中は暖かくて、クソみたいな娑婆世界の中でこんなに居心地の良い場所も珍しい。自分にとって一番の楽園は自室のベッドである。

スマホを見ながらぼんやり「結婚」について考えた。最近はそういうことばかり考えている気がする。今日は隣の席の30代の既婚女性Sさんに「嫁候補はいるんですか?」とか「うちの職場はどうですか」とか「同じ職場の人だと話題が仕事の話ばかりになってつまんないかもですね〜」とか冗談っぽくそういうことをきかれた。Sさん曰く、「20代で結婚はあまりオススメしない」らしい。女性には色々なタイムリミットがあるけれど男性は30過ぎても全然平気だというのがSさんの持論。要はまだ焦ることはないよ!というSさんなりの激励のメッセージだったのだろう。他愛のない雑談だったけれど、それもそうだなとちょっと思った。でもやっぱり結婚したいし、こんなこと言っている間にも時間だけは過ぎていくし、さっさと嫁候補を見つけなければいけない。27歳になって一人で生きていくことに限界を感じてきた。圧倒的につまらないのだ。全く女性と出会わないわけではないのだがいまいちピンとくる出会いがないのが実情。

さっさと結婚して役目を果たし、ぼーっとしてして生きていきたいんだがなあ。

「パンドラの函」の続きを嫁ながら寝よう。今日は明日の弁当作る気、起きない。

←「読みながら」ね。こんなことばっかり考えてるからこうなる。

独身サラリーマンの帰宅後の様子

 日記らしい日記を書こうと思う。今日は7時くらいに仕事を終えてスーパーで玉ねぎと豚肉、それと生姜焼きのタレを買った。途中駅前の飲食店でご飯を食べて帰ろうかとも思ったが、節約のため自炊にした。永谷園の野菜のたくさん入った味噌汁にはまっている。これだけで十分におかずになりそうなくらい具が入っていてかなりうまい。玉ねぎと豚肉をささっと炒めて生姜焼きを作った。自分で作っても最近は調味料の質が良いので牛丼屋で食べるよりはよっぽどうまい晩御飯が出来上がった。ささやかな食事は作った時間の4分の1くらいのスピードで食べ終わった。当然汚れたお皿が机の上に残っている。今週は家事を溜めず、やるべきことはすべてやってしまおうと考えているので食後はすぐに皿を洗った。昨日干した洗濯物も取り込んだ。いい調子。一つだけやってしまったミスといえばPS4をつけてウイニングイレブンをやってしまったところ。もう一試合、もう一試合・・。と言っているうちに1時間くらいやってしまった。ああ後悔。寒い日に湯船から出られないあの感じに似ていて一度始めてしまったらなかなかやめられない。ゲームは生産的ではないが、プライベートに生産性なんて求めてはいけない。楽しければそれでいい。この考え方がこれからの人生骨身にずっと染み付いていたらきっと幸せになれるだろうと思う。この頃はツイッターもインスタもほぼROM専。面倒なやつとかうるさいやつ、目立ちたがりのアホが大騒ぎしていて最近のSNSは居心地が悪い。クソどものイキリをぼんやりと眺めるよりは小説を読んでいる方が楽しい気がする。今さっき風呂に入って明日の弁当を仕込んだ。俺の平凡な日常は今日も万事うまく言っている。歯を磨いて、小説の続きを少しだけ読んで寝よう。あ、乾燥しないように加湿器はつけっぱなしにしておこう。それとなんだか物足りなくて朝食にしようと思っていたメロンパンを食べたのも、ウイイレやったのと同じくらい反省をしなくてはならないだろう。

最近絵描いてないな。無理しないで描きたくなったら描こう。これでいいのだ。

小説を読むのが結構楽しい件

最近久しぶりに小説を読みだした。ここ数年は小説なんか読んでも何も変わらないだろ、時間の無駄だ、と思っていた節があった。でもな、よく考えてみろ、娯楽なんてことごとくそんなもんだ。娯楽と実用性は切り離して考えた方がいい。社会人になってからの自分は無様な学生時代の反動からなのかあらゆるものに対して効率やコストパフォーマンスを求めていた。その結果はご覧の通り。大したQOLは得られず、むしろ貯金は減るわ、友達は大してできないわで散々な結果に終わっている。あっという間に年齢も27歳になり「今から変わることなんで無理」だとある種の人生に対する諦めのような気持ちもできてきた。変わることを諦め、今自分の持っているカードを使って生きていこうと決心をしているところだ。変にふわふわするのではなくて地に足をつけて生きていこうというわけである。結局これが大人になるということなのかもしれない。そういった意味では自分の職業選択は最適解だったように思える。全てに置いて「それなり」が約束された身分であるので仕事をやめない限りは浮き沈みは少ないだろう。以前の自分ならレールの上をただ歩くだけの人生なんて嫌だと駄々をこねただろうか。昔の自分に言いたいのだけれどもレールの上をただ歩くというのもなかなか大変なものだよ。学生時代の尖った部分が社会と接することで擦り減って少しづつ丸くなっているのを実感している。これが良いことだったのか悪いことだったのかは何十年も立たないとわからない。今は自分に与えられた役目をしっかり果たすだけだ。

 

少し話が逸れたが小説はそんな自分にぴったりの趣味である。本さえあればいくらでも時間を潰せる。もちろん読むことにも体力が必要だが、それほど疲れない。一人でもできる。ここ数年インターネットを見て暇つぶしをしてきたが流石に最近は疲れが出てきた。見栄や自己顕示欲、嘲笑、罵倒、本音をぶつけ合うという行為は時に必要なのかもしれないがそんなものに毎日晒されていると精神を病む。仕事とプライベートだけで精一杯なのに、その上情報の洪水に溺れて一体どこで気を休めればいいのか。だから今年はコスパや合理性を度外視してたとえ誰かにケチをつけられようと自分のやりたいことをやっていこうと思っているところだ。読書家とまではいかないけれど文章を読むことは昔から好きだった。誰かの頭の中を覗くのは楽しいことだ。作者と自分の共通点を見つけては自分だけではなかったんだ!と寂しさも少しは紛れる。もちろん、私の生活圏に読書好きなんてあまりいないし、デートの話題にもならないと思う。でもこれでいいのだ。楽しいからやるのだ。誰かの尺度に自分を無理やり合わせる行為に疲れてしまった。媚びへつらって生きるのは嫌だ。

 

ネガティブな印象を持ちがちだが、諦めたり損切りをするというのは悪いことばかりではないのではないだろうか。仏教において諦めるとは「明らめる」と書くこともあるそうだ。投資だって上手な人ほど傷が浅いうちに損切りをする。世間では例の太ったバスケ部の顧問のせいで「諦めたらそこで試合終了だ」といったクソみたいな言説が流布されているようだが、平成も終わるというのにカビ臭い根性論にいちいち付き合ってられない。後半45分5点差のサッカーの試合で負けてるチームは勝つことなんて考えないよね。普通一点返して次につなげようとか、次のゲームのこと考えるよね。ばーか、ばーか。

 

小説を昔のようにまた読むようになって生活にぱっと明かりが灯ったような気がしている。

ツイ禁するぞ〜〜〜!

みんなだいすきイケハヤが絶賛炎上中ですね。ざまあ

インターネット芸人たちを複数巻き込んでの大炎上だからこれがプロレスみたいで楽しくてついついツイッターを見ちゃいます。ツイッターというのは本当に時間泥棒で、ツイッターをやりすぎるとやらなくてはいけないことが後回しになってしまいます。ついつい夜更かしをしてしまったり、ツイッターが日常生活に及ぼす悪影響は甚大です。特に自分はシャブ漬けのようになってしまうので、今日からツイッターはしばらく禁止にします笑

他人が燃えていたり、喧嘩をしているのを見ていても自分の人生はちっとも良くなりませんからね。今目の前にあるものこそがリアルです。自分の能力でできることをコツコツとやっていきましょう。知ってても知らなくても良い情報を追いかけて限られた脳内の容量を圧迫するのは本当に良くありません。そういった意味でははてブブコメを書き込むのも悪い習慣ですね。自分のような青二才が意見表明してスターをもらったところでそんなものは自己満足にすぎない気がします。

趣味で使っていること人のことを否定しません。ただ今の自分には必要ないのです。)

今後しばらくは当ブログとInstagramに移住をしてツイッターはてブはアンインストールします。

最後のツイート

今年は趣味のカレー作りや筋トレ、あとはお絵かきを一生懸命に頑張りたい。

自分の人生と一ミリも重なることのないしょうもないゴシップは無視だ!!

はじめのうちは禁断症状がすごそうだけど、なんとか頑張りたい。親父もじいさんもばあさんもツイッターはてブもなしで生活してたんだ。俺にだってできる!!その様子は随時ブログで実況していきたいと思います。

とりあえず今年度いっぱいはツイッターを見ません。はてブブコメを残しません。

頑張ろうな。俺。